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...and the SOUL remains

”…and the SOUL remains” 前夜の話

 

CDが売れないと声高に言われだしてからずいぶん長い時間が経った。

ぼくがデビューした2000年は宇多田ヒカルさんの ”First Loveショック”(あのアルバムの800万枚という未曾有の数字は、その後のCD凋落と密接に関連する象徴的な社会現象だと思う)の少し後、つまりCDが売れなくなりだした頃だったが、新人音楽家(ぼく)のファーストアルバムの売上目標は確か10万枚。そして、100万枚売れることを目標になどと言われていた。素敵な時代だ。明るく楽天的な夢のある時代。その時代の最期に立ち会えたのは良かったのか悪かったのか。

今ではどんな音楽家も1万枚売れれば御の字だという。根っから天邪鬼のぼくは何枚売れたいなどという目標を一切持たずにうっかりここまでやって来てしまったが、いまデビューする皆さんはどんな夢をお持ちなのだろうか。

 

ともあれ。

ぼくにとってこんな時代にCDを出すのはなかなかしんどい作業だった。

デビュー後、業界全体のCD売り上げが順調に崖を転がり落ちていく中、レコード会社のスタッフは皆暗い顔をしていた。どんなにクリエイティブな話が盛り上がっていても、二言目には「でもそれをやるには予算がなくて…」としか言わないスタッフの人件費をまずばっさり削って欲しいと思った。一方、有能なスタッフが音楽と関係のない職種に転職していった。(ぼくを担当してくれたディレクターたちは、なぜか皆揃って音楽業界に残っている。あきらめの悪い連中だ)

そんな時代にあっても音楽業界の淀んだ隅っこ辺りをふらふらと泳いできたが、やがて、もうCDなんか出さない方がみんな幸せなんじゃないかと思うに至り、数年前からはCDを出すための努力や交渉を一切止めた。

 

さて、その代わりに何をしよう。こんな時代に音楽家は何をすべきなのか。

言うまでもなく、ぼくらシンガーソングライターの本分は作詞作曲と演奏。CDを出さなくたって曲を作って演奏すればいいじゃないか。パンがないならお菓子を食べればいいじゃないか。当たり前の回答に行き着いたぼくはライブで全国を旅する生活を始めた。車にぼくの相棒の金ぴかエレクトリックピアノを載せて全国の会場にライブをしに行く。いわゆる ”ドサ回り” ってやつだ。

 

ライブ会場の雰囲気は毎晩違う。

行儀良く並んだ椅子に座って行儀良くライブを待ってくださるお客さん。

会場に着いた頃はもしかすると行儀が良かったかもしれない(が、いまは少々飲み過ぎてかなり機嫌の良い)お客さん。

ぼくのMCにぜんぶ返事してくれるお客さん。

ぼくの昔の曲に涙ぐんでくれるお客さん。

ぼくの新しい曲に反応してくれるお客さん。

ぼくの演奏など全く聴いていないお客さん。

こちらからパンツが見えてしまわないか気が気じゃないお客さん。

老若男女。十人十色。

 

いい演奏をした時の拍手や歓声。

微妙な演奏をした時の、なんとも言えない無重力。(それは完璧な悪夢)

 

盛り上がるのも盛り上がらないのも、ぼく次第。

だって、音楽なんてなくても生きていけるんだもの。楽しくなくちゃ意味がない。

だって、ぼくの他にも音楽家なんて掃いて捨てるほどいるんだもの。爪跡残さなきゃ意味がない。

 

リアルでシビアでシンプルで、パワフルな愛に満ちた世界。

ぼくはこの世界の虜になってしまった。

 

ごくたまに「今日のライブはけっこうよかったんじゃないか」と思える夜がある。そんなときには決まってお客さんから「あの…CDとか出さないんですか?」と話しかけられる。「ははは…今さらCDなんていう世の中でもないからね」などとはぐらかしたりもしたものだが、ライブに来たお客さんが何かしらの余韻を持ち帰りたいと思った時、そういうものとしてCDは悪くない選択肢だと思うようになった。

 

新曲も順調に増えている。

作るか。

さて、どうやって…

 

調べてみると、CDを作ること自体は意外と簡単に出来そうだ。

勿論いいスタジオいいミュージシャンとふんだんに時間をかけて録音すれば予算はどんどん跳ね上がる。だが、自宅でひとりで録れば一切金はかからない。であればここは発想を変えて、人任せでは絶対に出来ない自分の脳内のサウンド脳内の世界の完璧な再現を目指そう、そうすればこのCDにまた別の意味が出てくる。

今までのぼくのCDがたくさんのひとに手伝ってもらって作り上げた映画のようなものだとするなら、今回はぼくのライブに何かを感じてくれたあなたへの直筆の手紙。そういうものを作ろうと思った。

 

こうしてぼくはニューアルバムを制作することを決意した。

 

 ”…and the SOUL remains” 

それは、デビューして十数年、曲がりなりにもここまでやってきたんだという誇り。

あれこれ回り道をして、あちこちぶつかって、それでもまだ燃え残っている情熱がここにある…そんな思いの結晶だ。

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